あすなろ撮影録

大学生の備忘録的ななにかです

4/8 支線に丸窓にパノラマカー

こんばんは。

GWだからと言わんばかりに溜まりに溜まったレポート課題が終わりません。個数こそは少ないんですが単位当たりがいちいち重いので労力が半端ないです。なんでメイラード反応起こんねえんだよおおおおお…

 

さて本題へ。蒲郡線を巡り、西尾線経由で新安城へ。特急岐阜行きに乗り換えて…

とその前にリンク貼っときます。

naroaru.hateblo.jp

 

やって来たのは尾西線の中でも一宮~玉ノ井のほう。一応終点になるわけですが、運行系統的には「玉ノ井線」なんて呼ばれ方もするそうな。この区間尾西線で最も利用者が多く、一宮発車時には夕ラッシュも相まって2両編成の車内はパンパンでした。

尾西線名鉄で最も古い路線とも言われ、その始まりは1898(明治31)年の尾西鉄道にまで遡ります。玉ノ井まで開通したのは1914(大正3)年で、かつてはこの先木曽川の河川敷まで伸びていたそうです。まあ歴史の話は津島方面に乗った時にでも追々。

 

この1枚、よ~く見ると…

駅前は大量の自転車が留め置かれていますが、先述したパンパンの乗客のほとんどが隣の奥町(尾西線単独駅で最も利用者が多い駅)で下車していきました。増発しようにも交換設備がなく、毎時2~3本が限界なようです。

かつては特急も来ていたようで、蒲郡線とは違って通勤・通学輸送に適した列車だったことでしょう。まあここ一宮市なんでそもそも交通の便が悪いわけでもなさそうですけど…

 

折り返して一宮へ、再び特急に乗って岐阜に到着しました。わざわざ来た目的は、なんやかんやで見たことなかったモ510形電車513号車でございます。

名鉄が岐阜近郊で運行していた路面電車に使われていた車両で、その形状から「丸窓電車」として親しまれていたそうです。路線廃止後は少し離れた公園で静態保存されていたものの、イベントの一環で2019年にここへ引っ越してきました。

というか前身の美濃電気軌道時代のセミボ510形から数えると、今年で驚異の96歳。よくもまあ耐えてるなあというか、さすがに走らないよなあというか。

 

たまたま夕暮れ時に来たもんですから、トリックアートと申し訳程度の桜が良い味出している気がします。車体もぴっかぴかなのが気持ちいいですけど、不定期で車内にも入れるんですかねこれ。

ちなみにモ510形はそのご長寿さと人気度も手伝って多くの車両が保存されているようです。そういや美濃町線の旧美濃駅に行ったときにそれっぽい車両が停まっていたような。今後も岐阜の各地で静かに余生を過ごしていくことでしょう。

 

ace22600.hatenablog.com

 

夕飯にラーメンをすすった後、岐阜からは「パノラマsuper」こと1000系の展望席の一番前に座ります。一応特別車乗り放題のフリーきっぷを持っていますが、指定されているわけではありませんしそもそも10~16時限定なのでネットで予め買っときました。

名鉄パノラマカーは切っても切れない関係にあるわけで、その流れを組んだ「ハイ・アメニティ・エキスプレス」として今も本線特急・快特を中心に走り回っています。

振り返ってみれば、確か新鵜沼~犬山のほんの一部で乗った(これもフリーきっぷで乗車した)くらいなので、がっつり楽しむのは人生初だったりします。

 

奥には名古屋のビル群がそびえ立つ(栄生)

帰宅ラッシュ、相変わらずカオス(名鉄名古屋)

名古屋本線の起点は相変わらず1面1線(豊橋)

岐阜から名古屋までは自分以外に誰もおらず貸切状態。夜なので眺望がどんなもんか気になりましたが、真っ暗闇の中突き進んでいく様もなかなか迫力がありました。明るい時間は争奪戦…だと思うので、案外穴場な時間帯に乗ることができました。

一般車の兼ね合いで豊橋・内海・河和方面にしか連結されていないのが惜しいものの、やっぱり展望席はどの時代、どの場所、どの瞬間でも心躍るものがありました。

ちょっと前は中部国際空港(セントレア)にも顔を出したそうで、定期で復活とかしてくれんかな…

 

快速特急なので1時間20分で終点・豊橋まで乗り通し、そこからJR東海道線で浜松までやって来ました。この日のお宿は駅近の「くれたけイン浜松駅南口 プレミアム」、小さめの共用浴場や朝食バイキングなんかもあったりして、そこそこ快適でした。

 

衣浦臨海鉄道から始まり、名鉄三河線蒲郡線、シメにはパノラマsuperにも乗っちゃったりと、愛知の海側を楽しんだ1日となりました。そして今はなぜか静岡にいるという…さてなんででしょうね?

次回に続きます。ありがとうございました。

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